「あなたの自らの葬儀の弔辞でなんと言われたいですか?」の質問は、今この瞬間の生き様・人との接し方・人生の歩き方を問う質問です。
例えば、今、学校や職場で、「いじめや嫌がらせ」をしている人間は、「弔辞」で皆の前で言われることは予想できます。「自分が危ういからといって子どもを捨てて逃げる親はいません!!」「震災や津波の時、大切な人を見捨てて、自分だけ逃げようとする親はいない」ということです。
しかし、現実は権力を傘にきて「自分の思い通り」を超えて「排除」「裏工作」「自己保身」が蔓延しています。当事者は、それで一時の安寧を得るでしょうが、あなたの罪は誰かが必ず見てます。加害者の顛末は、社会的制裁を受け、孤独に精神が苛まれ、経済苦で不安とストレス、「人生の末期がん」になります。これは心理学や多くの宗教で言われてることです。
そうすれば、今この瞬間からどんな生き方をするのがいいか自然に浮かんできます。「嫌がらせより“優しさ」”「裏工作より“体を張り大切な人を守り抜く”」「相談という名の取り調べ(詰問)より”寄り添い“」・・・感謝され必要とされれば、人は自然に集まってきます。
ひとつだけ「指導者に必要な条件を挙げよ」と言われれば、それは、自分より優れた人を使えるということですな。そう、これだけで十分ですわ(松下幸之助 )